「自分が同行しないと、大事な商談がまとまらない」
「メンバーが何でも自分に確認しに来て、結局自分がやった方が早い」
こんな状況に、社長として限界を感じていませんか?
これは社長が優秀すぎるからでも、メンバーが頼りないからでもありません。原因はただ一つ——メンバーが「自分で判断していい範囲」を知らないからです。
サントリーで43年間、ルート営業の現場に携わり、そのうち17年間は組織マネジメントを担ってきた経験から、権限委譲の本質についてお伝えします。
なぜ「任せたのにうまくいかない」のか
権限委譲をしようとして失敗した経験を持つマネージャーは少なくありません。「任せたのに失敗した」「結局自分が尻拭いをした」——こうした経験が積み重なると、「やはり自分がやった方が早い」という結論に向かいます。
しかし、ここに根本的な誤解があります。権限委譲とは「ただ自由にやっていい」と丸投げすることではありません。適切なルール設計があってこそ、メンバーは安心して自立的に行動できるようになるのです。
丸投げされたメンバーは、判断の基準がわからず不安になります。そして何かあるたびに社長に確認しに来る——これは「仕事を任された」のではなく「責任だけ押しつけられた」と感じているからです。
「責任のクロス化」という発想
私がサントリーで実践してきた考え方に、「責任のクロス化戦略」があります。従来の縦割り組織では、各メンバーが自分の担当業務だけに集中し、「自分には関係ない」という意識が生まれがちです。
これを変えるために、メンバーそれぞれの専門領域を活かしながらも、他の領域にも責任を持たせる仕組みを作りました。自分の担当範囲だけでなく、組織全体への視野と当事者意識を醸成するためです。
【実践例:地域と商品カテゴリーの2軸責任】
私の直接の部下は、MAMP(訴求したい商品を消費者にわかりやすく陳列していく専門部隊)をマネージする担当者でした。従来であれば担当者の役割は「担当地域の管理」という一軸でしたが、私はここに「商品カテゴリーの責任」という軸を加え、地域と商品カテゴリーの2軸で責任を持たせる仕組みに変えました。
地域を見る目と商品カテゴリーを見る目、両方の視点を持つことで、担当者は自分の地域の枠を超えて組織全体を俯瞰するようになります。「自分には関係ない」という縦割り意識がなくなり、組織全体の成果を自分事として考える当事者意識が生まれていきました。
段階的に権限を渡す4つのステップ
権限委譲は一気に渡すものではありません。メンバーの理解度と実行力に合わせて、段階的に進めることが成功の鍵です。私が実践してきたプロセスはこの4段階です。
初期段階:目的とゴールの明確化
「なぜそれをやるのか」を徹底的に共有します。業務の目的を理解していないメンバーは、壁にぶつかったとき立ち止まってしまいます。
観察段階:密接なモニタリング
最初は会議に毎回同席し、「あれはどうなってる?これは?」と進捗を細かく確認します。これは監視ではなく、メンバーが迷わないためのサポートです。
移行段階:報告ベースへの転換
メンバーの理解度と実行力が向上してきたら、徐々に報告ベースに移行します。定期的な報告を受けながら、必要に応じてアドバイスを提供します。
自立段階:完全委譲
最終的には会議の場にも来なくなり、メンバーが完全に自立して業務を遂行できる状態になります。これが理想的な権限委譲のゴールです。
神戸では、缶チューハイや缶カクテルなどすぐに飲めるお酒のカテゴリー(RTD=Ready To Drink)のブランドマネジメント業務をメンバーに一任した際も、この4段階のプロセスを踏みました。当初は毎回の会議に同席していましたが、徐々にメンバーからの報告だけで十分となり、最終的には会議の場にも来なくなりました。
権限委譲を成功させる「安全網」の設計
段階的に権限を渡す中で、もう一つ欠かせないものがあります。それが「安全網」の設計です。
早すぎる介入はメンバーの成長機会を奪い、遅すぎる介入は取り返しのつかない失敗を招きます。「本当につまずいたときには適切なタイミングでアドバイスを与える」——この絶妙なバランスこそが、権限委譲を成功させる核心です。
- 問いかけによるサポート
困ったときにすぐ答えを与えるのではなく、「あのとき、顧客の○○という発言をどう感じたんや?」と問いかけることで、メンバー自身に気づきを促します。 - ネットワークの活用
以前担当していた支店の元部下にサポート・助言を依頼するなど、組織内外の人的ネットワークを活用してメンバーを多方面からサポートします。 - 失敗を学習機会として提供
失敗を責めるのではなく、「成長の糧にしてくれました」と言えるような環境を作ること。失敗も含めて体験から学ぶ機会を積極的に提供します。
「メンバーが勝手に自分で考えて動くようになって、私の仕事がなくなるのが理想だ」——マネージャーの仕事は、メンバーを管理することではなく、メンバーが自分で考え、行動できるような環境と仕組みを整えることなのです。
— 浅井清司『絶対に予算達成するルート営業の仕組み化』より
権限委譲がうまくいっているかどうかの確認方法
権限委譲が機能しているかどうかは、次の変化で確認できます。
- メンバーが自発的に問題を発見し、解決策を提案するようになった
- 上司への相談内容が「指示を求めるもの」から「判断を仰ぐもの」に変わった
- チーム全体の意思決定スピードが向上した
- メンバーの満足度とモチベーションが上がった
逆に言えば、これらの変化が起きていないとしたら、権限委譲の仕組みがまだ機能していないサインです。「任せた」という社長の感覚と、「任された」というメンバーの感覚の間にズレがあるかもしれません。
まとめ
「社長が動かないと何も決まらない」組織は、社長の能力の問題でも、メンバーの能力の問題でもありません。段階的に権限を渡す仕組みが整っていないことが原因です。
まず一つだけ試してみてください。次にメンバーが判断を仰ぎに来たとき、答えを教える前に「あなたはどう思う?」と問いかけてみてください。その一言が、自分で考えるメンバーを育てる第一歩になります。

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